2021/4/10 13-16時 5丁目
また枝が伸びてきました。放っておくとまた大変な事になりますので早いうちに除去作業を行いました。
<Before>
<After>
2021/4/10 13-16時 5丁目
また枝が伸びてきました。放っておくとまた大変な事になりますので早いうちに除去作業を行いました。
<Before>
<After>
2021/4/8 14時~ 桜木町駅前 港中学校吹奏楽部の演奏も行われました。今年度の春の交通安全運動期間は4/6(火)から4/15(木)です。
撮影:金澤孝文化部副部長
大正10年(1921)4月1日に創立・開校して今年でちょうど100年です。航空写真を中心に4月1日に間に合わせるようにまとめて下さいました。
今回は臨時号のため印刷はありませんので、希望者にはコピーして配布します。中野までお問い合わせ下さい。
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過去発行された「横濱遊歩道」
▼本誌の入手希望者はこちらまでご連絡ください。棚橋氏にご連絡いたします。
●13号の案内記事はこちら(2020/3)「石川中村に地蔵坂が開通」
●12号の案内記事はこちら(2020/3)「慶応元年(1865)立野(現在の山手駅前辺り)に鉄砲場(射撃場)が作られる」
●11号の案内記事はこちら(2019/7)「明治3年 山手天沼(現在の北方小学校辺り)に出来たビール醸造所と麒麟ビー ルへのつながり」
●10号の案内記事はこちら(2018/4)「明治44年 本牧隧道が開通する」
●9号の案内記事はこちら(2017/12)「明治14年 明治天皇 根岸競馬場へ」
●祭礼2号の案内記事はこちら(2017/7)「戦後10年 60年前の祭り/山元町一丁目の巻」
●祭礼号の案内記事はこちら(2017/6)「八幡宮と白滝不動尊」
●8号の案内記事はこちら(2016/11)「打越の湧き水と開港」
●7号の案内記事はこちら(2016/6)「明治25年 吉川英治」
●6号の案内記事はこちら(2015/7)「明治5年の山元町 相沢」
●5号の案内記事はこちら(2014/8)「慶応元年 根岸不動坂開通」
●4号の案内記事はこちら(2013/4)「関東大震災 江吾田小傾く」
●3号の案内記事はこちら(2012/3)「震災復興 市電開通」
●2号の案内記事はこちら(2011/3)「慶応2年 根岸競馬場」
●1号の案内記事はこちら(2010/5)「最も古い山元町写真 明治」
●棚橋誠氏がタウンニュースの「人物風土記」で紹介されています。記事詳細はこちら(2011/2)
過去行われた「横濱遊歩道ミニ講座」
●第8回目の様子「山手のビール醸造からキリンビールへ」
●第7回目の様子「居留地競馬から根岸競馬場へ」
●第6回目の様子「本牧隧道の開通とその影響」
●第5回目の案内「明治14年5月 明治天皇の初めての根岸競馬場行幸について」
●第4回目の様子「幕末明治初期の水不足と打越の湧き水」
●第3回目の様子「吉川英治生誕の地を探る(山元町界隈)の概略」
●第2回目の様子「幕末・明治初期の山元町界隈の地誌概略」
●第1回目の様子「遊歩道の概略」
過去の市電保存館で行われた「横濱遊歩道ミニ講座」
●第1回目の案内「本牧隧道」
コロナ感染拡大防止緊急宣言が明けた3月24日(水)、1月に予定していたバス旅行(区老連・ななはちくらぶ)が2か月遅れでようやく実現されました。
行く先は成田山新勝寺と南房総の菜の花狩り。
房総半島を北から南へと高速道で縦断する長い行程でした。
ななはちくらぶからは4名、中区老連全体では70名が参加しました。
最初に訪れた成田山新勝寺はコロナの影響を受けてでしょうか参拝する人も少なく、境内は閑散として裏門にある駐車場へと続く土産物店も8割程が店を閉めていました。
昨年も参加したという人は「平日の午前中とはいえ、ほとんどひと気のない境内は信じられない」と驚いていました。
11時過ぎに成田山を出たバスは途中、君津ICで降りたドライブインで昼食、近くのはちみつ工房で蜂蜜の採取風景を見学した後、再び高速道路に乗り館山道を南下しました。
到着した南房総の食用菜の花はシーズンの最後を迎えていましたが、バス旅行の参加者は「今日のメインイベント」とばかり菜の花の採取に夢中で取り組んでいました。
緊急事態宣言が解除されたといえ、バス車内はプラズマクラスターによる常時換気や座席前後を遮蔽板で区切ったほか、車内での飲食や大声での会話も禁止されています。
さらに昼食会場も十分な間隔を保った会場を確保するなどウイズコロナに即したバス旅行でした。(文責:ななはちくらぶ会長:佐野)
▼出発風景
▼桜の下で
▼いざ参拝へ
▼昼食
▼菜の花採り